12月31日(日)

一日中、おせち料理のお手伝い。疲れたけど、年の最後にいい仕事ができた。


2017年は、研究への覚悟と意志を試された一年だったように思う。
特に帰国して以降は、僕は政争よりも研究が、ファンシーな一過性の研究よりも(今後、どのように役立つかはさておき)重厚感のある研究が好きだということを 認識する機会が多かった。

研究よりも政争、重厚感があっても出口が不明瞭な研究よりもファンシーで今この瞬間に受けの良い研究が好まれるこの時代だけど、 まぁそういう現状を意識しつつも、自分の軸・やりたいことを忘れずに研究していきたい。

それでは皆様、よいお年をお迎えください。

12月28〜29日(木〜金)

三重は熊野にある熊野ボルダリングに遊びに行った。
熊野ボルダリングは、開拓された方々が関係各所との交渉にも奔走し、 地元と極めて友好的なな関係の中でエリア公開にまで至った場所。 家から比較的近い(とはいえ三時間くらいはかかる)こともあるし、写真を見る限り岩の質が凄そうだったので、一度は訪れてみたかった場所だ。

実際、岩のスケール感は圧倒的で、かなり気圧されてしまった。
岩質はガビガビのジャリジャリで、正直、どこでも持てる。どこでも持てるけど、ガビガビ過ぎてメチャクチャ指皮が痛い。そして、ジャリジャリな上に岩が大きいので、 マントルがものすごく怖い。

ということで、慣れるまでしばらくかかったけれど、慣れてしまえば徐々に調子も上がっていった。
最近は二週間くらい登っていないので、高難易度課題は全然登れなかったけれど、体感で二級くらいまでの課題を多く登った。

どのエリアも、クライマーとしての覚悟を試されるような良課題ばかりで、とても楽しかった。次回帰省する際にもまた来よう。

12月27日(水)

今年の年末は数年ぶりに日本で過ごすので、親孝行の意味もかねて少し長めに年末年始の休みを取ることにした。 ということで、今日が大学にいく最終日。

今抱えている直近のプロジェクト二つのうち、一つは大分めどがついてきたので、ここ数日、もう一方の証明を考え続けているのだけれど、 うまくいかない。年内決着は難しそうだし、そもそも、何かを示せる気もしなくなってきた。方向転換すべきかな・・・。

何にしろ、今年は研究生活が大変な一年だった。
とはいえ十月以降は研究に復帰できたので、結果オーライとしよう。

12月22日(金)

上海大学でのワークショップのついでに、数学科でセミナーをしてくれ、と言われてセミナー発表。
数学科で量子情報の話をして、誰が来るのかな?と思ったら、案の定、知り合いの四人しか参加しないという、人生史上最少のセミナー。 でも、その分、じっくりと話すことができたし、よいセミナーだったと思う。

その後、数学でデザインの研究をしている人と議論。なんだか新しい風を感じられて、よい上海訪問となった。

12月20日(水)

近畿大学から上海大学に移籍された中原先生に招待されて、上海大学で行われたワークショップIWQIQC2017に参加している。

中原先生と言えば、何と言っても 中原トポロジーの本で有名な先生。僕も学部時代にはお世話になった名著だ。
僕は量子情報の研究を始めてから中原先生が量子情報の研究をしていることを知り、驚いた。なんたって、中原トポロジーのような本を書ける研究者は、 学部時代の僕にとっては憧れだったから。

その後、時は流れ、東日本大震災の後に近大の研究室を訪問させていただく機会があり、それ以来、顔を覚えてもらった。 今回は前回の日本物理学会で数年ぶりに再会し、その場でワークショップに招待されたのであった。
最近は僕もかなり数学的(?)な内容のことをやっていて、上海交通大学にはその分野の数学のプロがいるので、その方との兼ね合いで招待してもらえたのだと 思うけれど、僕的には「あの中原先生」に招待してもらえるだけで、とても光栄である。


ワークショップには、ガチの数学者からへなちょこ物理学者まで参加しており、なかなかのダイバーシティがあった。 僕は、ガチ数学勢のセッションのど真ん中で講演。個人的には物理の王道の研究をしているつもりなんだけど、もうそろそろそういう戯言は通じないとこまできちゃったか。

発表内容はすでに二度ほど発表したことのある内容だったので、ほとんど練習なしでもうまく話せたと思う。自画自賛でしかないけれど、 今回のワークショップ一番の盛り上がりを見せたトークだったであろう。もちろん、積極的に質問してくれた多くの聴衆のおかげで盛り上がったので、皆様には感謝の一念ですが。


その他の数学の発表の内容は、正直に言うとほとんどついていけなかった。
しかし、ついていけないながらも、間違ったことは言わない数学の発表にはすごく安心感を覚えて、参加していて久しぶりに楽しいワークショップだった。 言われたことを理解して、それの応用を素直に考えればよいだけの発表って、聞いていてなんて幸せなんだろう。

そんな当たり前のことをわざわざ書くのには背景がある。

最近、日本の量子情報界隈では「多少間違っていてもいいから、出来るだけ大きなことを言え!」をポリシーにしているとしか思えない、半分以上詐欺の研究者が 増えてきている。そういう人たちの発表は聞いていても面白くないし、腹が立つし、そもそも間違いを前提に「誤解を恐れず言えば」みたいなことを吹聴しまくるから、 何を信じればよいのかもわからない(なので、結局、そういう人たちに関しては、僕の知らない発表内容は何も信じないことにしている)。
もちろん、そういう研究者も、今の「声高に叫び、メディアを巻き込んだものが勝ちで、科学的真理は二の次」という社会的風潮にのっかっているだけなので、 根本的な問題はこの社会的風潮や、そういう「有名な」研究者にお金を出しがちな政府や企業にあるんだけど。

何にしろ、少なくとも日本の量子情報業界は、悪の巣窟みたいになっているし、自浄作用も全く働いていない。そして、日本の人たちは英語も話せないので、 国外の動向を知る機会も少なく、声が大きい人に右に倣え状態になってしまっている。声が大きい人が厳密には正しくないことを叫び、みんなそれに倣うって、もう 末期症状でしかないよね。
僕は、みんなが論理的に正しいことをして、各人がそれぞれの選択で興味のあることをやればいいと思うのだけれど、日本はどちらもそうなってない。 ほんと、自分で判断することが苦手な国だ、日本は。


ちなみに、一部のまともな研究者はそういうエセな人々をきちんと批判しているのだけれど、そういう批判にばっかり時間を取られていて大変そう。 相手には強いメディアがついているから、いくら正しいことを言っても分が悪いし、僕も見ていて辛い。 更に言えば、僕は、一部の利己的な人たちのせいで 無益な争いに終始せざるを得ない国内の量子情報コミュニティに辟易している。

そんな国内で研究をする息苦しさをここしばらくずっと感じていたけれど、今回で大分リフレッシュした。
研究内容がかなり近い数学者の方とも知り合えたし、これからは日本ではもう少し数学者サイドの方々と付き合っていこうかな(勝手な希望)。

10月〜12月のまとめ

10月以降は、日本帰国以来、初めてまともに研究をするまとまった時間に恵まれている。とうことで色々と勉強しつつ、これまでの自分の不勉強を嘆き、新しい結果に繋げられるように励む日々が続いている。
皆様ご存知の通りしばらく論文を書いていないが(その原因は間違いなく日本のシステムにもあると思う)、そろそろ何本かは出せそうなので、来年は捲土重来の年にしたい。

何にしろ、研究者が研究に戻れるのは精神衛生上もよいことで、夏の結果で落ち込んでいた気分も10月半ばくらいまでには大分復活できたように思う。


研究の他のトピックとして一つだけ挙げておくと、小川山に二回行った。

一度目はトランプ大統領が訪日した三連休のうちの二日を利用してキャンプで。夜は氷点下かも?と思いながら行ったけれど、体感は深夜でゼロ度前後ってところで助かった。 ただ、天候にあまり恵まれなかったため、満足には登れず。
「忘却の果て 初段」を三回くらいでなんの苦労もなく登ったのと、「忘却の河 二段」の抜けの二級を、マントルでヒィヒィ言いながら登ったくらいかな。狙っていた忘却の河は、やりこまないと登れない苦手系だという結論に 達して、興味を失った。
あ、「達筆 三級」をそうと知らずにロースタートで登ったか。一手目は三級の強度じゃないって思いながら本気出して登ったら、登った後に他の人が来て「もう一手上からスタート」って教えてくれた。ボルダリングに関してはスタート位置をトポに書き込むべきだと思った。

二日目は、リードで傑作の「小川山物語」を登りに行こうと思ったら、川が増水していて渡渉できず。仕方がないから、トポで見つけた「小川山ショートストーリー」を登りにいった。 「小川山物語(ストーリーと読む)」に辿り着けないから「小川山ショートストーリー」を登った、というのはネタとしては美しい。

二回目は11月末とかで、既に極寒だった。昼間でも動かないと寒い。
「今年中に二段を登る!」と息巻いて、とりあえず「バルカン 二段」か「ファルコダイレクト 二段」のどちらかを登ろうとガチトライを繰り返すものの、バルカンは右手ポケットを引ききれずに敗退。 ファルコダイレクトはムーブは全部解決できて、繋げるだけの余力もあったにも関わらず、アホな無駄打ちを繰り返してしまい(寒いから、集中しきる前にスタートせずにはいられなかった)、結果、ド敗退。 シューズのヒールも破壊されてしまって、2017年に相応しいグダグダな感じで終了。。。。
まぁ、目標を達成しきれなかったという意味では反省すべきかもしれないが、強さ的には二段に届きつつあるということも分かったので、よしとする。


最近、身内から酷く傷つく言葉をサラッと言われて、すごくショックだった(本人はその気がなかったらしいので、なおさらへこんだ)。

ということで、久しぶりに落ち着いて今の自分を見直してみたのだけれど、最近の僕は色々なことに妥協している気がしてきた。 具体的に言えば、学生時代の頃のように、自分のやりたいことに没頭してストイックに何かを追い求める、ということが、なくなってきている。

そりゃ歳を取って集中力も思考の体力も落ちるし、社会的生活もあって昔ほど好き勝手は出来ないから、仕方がないと言えば仕方がない。それに、一般的に言えば、そのことは一概に悪いことでもないと思う。 ただ、全力を出して何かに自分の人生を費やす時間が年々減ってきているのは事実だ。

特に意識せずとも、自分の歩いた跡が自分のアイデンティティになるのが十代。
目の前のことに集中して全力で生きていればアイデンティティが研ぎ澄まされていくのが二十代。
身体的衰えや社会的役割がちらつき始める三十代は、次の目標を明確に見据えて努力しないと、自分のアイデンティティを次のステージに押し上げられないのかもしれない。

何かを始めるのに遅すぎるということはない。これから、軌道修正していこう。
来年は、もう少し自分と真摯に向き合う年にしようと思う。

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