5/25 (Mon.)

朝からスペインビザのために健康診断を受けに病院へ。血液検査の結果はまだ出ていないものの、それ以外は健康だった。 健康診断を受けるのは実に七年ぶりなので少し心配はしていたけれど、よかった。

僕が採用されている学振PDというポジションは、倍率五倍くらいでポスドクの中では悪くないポジションのはずなんだけど、健康診断も受けられないし社会保障もゼロだし、 そういうところは何だかなぁ、と感じずにはいられない。 まぁ、ポスドクというポジションは研究の実質的な原動力であるとはいえ、政府にとってみればしょせんは使い捨て。仕方ないのかね。
金は権力と発言力のあるところにしか下りてこず、実質的に結果を出す部分にはなかなか下りないシステムですから。特に日本は。

5/20 (Wed.)

現在、ベルギーで行われているTQC 2015に参加中。今日は自分の発表を終えてきた。
今回はなんと、講演がyoutubeにアップされるとのことだが、自分では死ぬまで見ないだろう。研究内容ではなくて、自分のド下手くそな英語が怖い・・・・。歓談しているだけならあんまり不自由せずに話せるけれど、やっぱり前で話すときは 多少なりとも緊張して、うまく喋れない。日本語でもそうだけども。

ふと自分の発表の後に考えてみたんだが、日本語の発表であっても、僕はどれくらい正しい文法で喋っているんだろうか?「てにをは」は間違えている自信があるし、言葉選びで躓いている自信もある。
そう考えると、僕は言語に関わらず、スピーチ下手ってこと?うぅむ、その可能性は否めない。その辺の研究者よりかはよっぽど発表がうまい自信はあるけれど、それは「スピーチのうまさ」ではなくて、「ストーリー作りのうまさ」に起因している気もするし。 「喋り」の部分に関しては、やっぱりもっと精進しなければ。
・・・・なんて考えていて、普通はそういうことは学校で訓練すべきことだよなぁ、とか思ってしまって、いつも通りの「受け身一辺倒の学校教育、おかしくね?」という思考に流れ着いたところで、考えるのをやめておいた。


発表内容は、というと、多くの人に楽しんでもらえたようで、質問もいつもより多めにいただいた。特に、発表が終わってからも質問に来てくれた人が何人かいて、嬉しかった。
今回発表した内容は、「一つの(比較的)大きな結果」を二つに割った「片割れ」的な結果なのだけれど、それでこの反応を頂いたのは望外の喜び。これからも頑張ろうという気になる。

日本人は厳しい(単に思考が消極的かつ後ろ向きなだけだけど)ので、仮に日本で講演したらこうはならない。日本で評価されるのは、「日本の大御所が『これはいい』と言った結果」か、「大昔からある難問を解いた結果」くらいかな? 日本だと、それ以外のどんなトークも「面白いけど自明」「誰にでもできる」「興味がないから分からない」みたいにスルーされることが多い。
口先では「多様性が重要」と言いつつも、「多様性を殺す行動」を皆がとても自然に行っているのが、今の日本の怖いところである。
今だけなのか、昔もなのか、それこそが日本社会の本質なのか、知らないけど。

(そういえば、最近、木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのかという本を 読み返しているんだけど、明治くらいの柔道ってのは何でもありで、ボクシングなどが入ってきたら積極的に勉強し、新しい技を開発し、強い人と当たるときには積極的に引き分けを狙いにいったりしていたとのこと。 その態度がどれくらい普遍的なものだったかは分からないけど、その事実から推察するに、昔は日本も「違う分野でも積極的に学び、新しい境地を開こうとし、そして、勝てないときには例え見苦しくても負けないように頑張る」という雰囲気が一般的だったのではないか? 今では、「日本古来の(偽りの?)伝統に固執し、基礎が重要だと言って一つの型・方法のみを繰り返し、そして、勝てない時でも自分の方法を貫くことがいいこととされる」雰囲気になってきているように僕には感じられて、とても残念である。)

何にしろ、来るかどうか微妙に迷っていたTQCだけど、来てよかった。

5/15 (Fri.)

科研費で新しいパソコンを買って、そしてそれをもって明日から出張に行くので、今日は急いでセットアップ。
疲れたのは疲れたけれど、一昔前のセットアップに比べたら、今はクラウド上で何でも同期してくれるので楽は楽。ただし、windowsアカウントを同期しただけで、ワイヤレスネットワークのパスワードまでも勝手に同期されていたのにはちょっとびびった。

クラウドは重宝するものの、パスワード系は絶対クラウドに乗せない程度には警戒していたんだけど、気づかぬところでクラウド上に乗っている時代になったのか。あな恐ろしや。


最近、友人・後輩問わず、多くの人から学振の書類を見てくれ、と言われるため、多くの書類を読んでいる。
ドイツに行っていたからかどうなのか知らないけれど、まずは根本的に日本語の不明確さを感じざるを得ない(もちろん、個々人の書き方が、という問題ではなく、日本語の作り自体が、という話である)。さすが「みんな単一の価値観を持つことが推奨される国」日本。

個々人の書き方で言えば、研究室単位で「何を重視するか」が変わっていたりして、面白い。もちろんそれはその研究室のボスの考え方を反映してのことだろうけども、では、審査員はそのような「重視するものが異なっている申請書」を如何に公平に 審査しているのだろうか?
仮に僕が審査員になった気持ちで考えたら、とてもじゃないが、無理だ。そもそも、自分に主観というものが存在する以上、公平に審査なんてできるわけがない。

それでも、日本の審査は常に「公平」であるべきだ、と考えられる(そして、その裏では不公平な審査がなされることもしばしば)。
いい加減、達成不可能な理想論はやめて、「そこそこの確率でうまくいく社会モデル」に変更した方が、すべてうまくいくような気がするのは僕だけだろうか。


それに関連して、某独立行政法人では、個人からの郵便物の封筒は全て「溶解」して処分しているらしい。もちろん、個人情報保護のためだ。
紙を溶解するためには結構お金がかかる。そんなお金や無駄な手間を使ってまで、「個人の名前と住所」を保護したいようだ。

これを恐ろしい無駄遣いと言わずになんという。
そもそも、かなり細かいシュレッダーを使えば、それを復元するのはかなりの手間がかかる訳だ。そんな手間をかけてまで、不特定多数の名前を住所を知りたい奴がどこにいる?(更に言えば、フェイクの書類をシュレッダーの中に多少混ぜるだけで、復元の手間は劇的に増えるわけだから、それで十分だと思う)
仮にそんな物好き(かつ悪意に満ちた人間)がいたとしても、もしそういう人を想定するのであれば、シュレッダーで細かくしてから、ごみを厳重に鍵を掛け、その状態で信用できるごみ収集会社に渡せばよい。それだけで済む話なのに、なぜに溶解という究極的手段をとるのか。

リスクマネージメント、というのは、常にリスクをゼロにしろと言っているわけではない。「大きなリスクは、それ相応にゼロに近づけなさい」と言っているだけだ。
それを、そんな些末なリスクまで完全にゼロにしようといい始めたら、まさしく「交通事故が怖いなら、家から出なければいい」と同じレベルになってしまう。

突き詰めることが常にいいこととは限らない。日本にいると、なぜかそう感じることがとても多い。

5/7 (Thu.)

GWを利用して、妻の実家の青森へと帰省。東京に引っ越してきてからの満員通勤電車にやられてしまったのか、体調が悪かったのは残念。 でも、皆さんとお会いできてよかった。

日本の原風景も、人と人との繋がりも、全ては都会ではなく田舎(というと失礼かもしれないが)にある。改めてそう感じた。
もちろん、都会にはお金と仕事があるので、自然と人が集まってしまう仕組みになっているんだけど、僕に言わせればそこには「尊ぶべきもの」や「残すべきその国の伝統」は何も残っていないと思う。 どこの国に行っても、都会は都会で、生存競争に生き残ることのみが優先される場所。
僕もいつかは田舎に引っこみたいが、果たしてそこに仕事があることやら。

そういう都市と田舎のバランスをうまくとるのが「政府」の役割だと思うんだけども、うまくいっているようには思えない。特に、日本人のような「みんながやっていることに従うことが正義」という文化を持つ国は、そりゃ雪崩うって都市に人が流れ込むのは目に見えて分かっているんだから、 その分、日本政府が強い意志を持って、都市と田舎の住み分け・バランスを保つ必要があると思う。単に、田舎を都市化するんじゃなくて。
もしそれが出来れば、日本もまだいい部分を残していけると思うんだけどなぁ。なんて思います。


今回の青森はあんまりどこにも行かなかったけど、前々から行きたかった三内丸山遺跡に無理を言って連れて行っていただいた。
すごくよかった。

縄文人は平和的だった、と言われるけれど、実際のところ既に階級的なものはあったことや、自然に優しい暮らしをしていた、なんて言われるけど、実際は木々を切り倒しまくっていたことなど、目から鱗。
そもそも、そういった俗説に対して僕は「ほんまかいな」と思っていたので、何となく腑に落ちた気分でもある。

知らなかったのは、三内丸山は遠くは新潟とも交易していたとのこと。あとは、千五百年以上も一つの集落が(帝国化しないまま)続いたというのは世界的にも例がないということや、例の巨大な六本柱を立てるためには、さすがに集落の人だけでは手が足らず、他の集落(どこかは分からない)から人の手を借りて立てたようだ、とか。
とてもロマンを感じた。やっぱり考古学・民俗学は面白いと思う。まぁ、確固たる答えが出ないから自分でやるのは嫌だけども。


そんな訳で、青森を満喫したGWでした。
さて、再来週にBrusselsであるTQC2015の発表に向けて、準備を頑張らねば。

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