E veryday- D iary

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1/29(Fri.)
朝、試験を返却する。
しかし、教育局主催の生徒対象セミナーが突然入り、しかもその内容がエチオピアの教員制度 についてだったりして、意味不明。

大幅に時間を押して返却を終える。

午後からアジスに上がる。
そして、大学のお仕事とかを終わらせて、夜中は適当に飲んでいた。
明日からエチオピア南部を一週間旅行する。


1/28(Thu.)
朝、GTFの車で隣町のマルティの奥のほうの砂糖工場の奥のほうの村に行った。
相変わらずアフリカっぽい感じである。

そこに行くのは二年ぶりだが、二年前には何もなかったところに畑が出来ていたりと、 時の流れを感じた。

午後、先輩隊員を見送って、最後の試験監督。
特に問題なく終わった。


1/27(Wed.)
昨日から遊びに来ている先輩隊員と隣町のアワシュに遊びに行く。
アワシュには、アワシュゴルジュという大きな谷があり、僕もまだ行ったことがなかったので 一緒に。

綺麗なところだった。
そして、下まで降りる道も見つけたので、一時間ほどかけて下まで降りた。
エチオピアにしては珍しく、エチオピア人がいない場所。
そして、くそ熱くてめちゃくちゃ焼けてしまった。
それでも、川が流れているのは気持ちがよい。

谷を出てからは、アワシュ国立公園の玄関まで公共バスで行ってみる。
しかし、結局、車がないと中には入れず。
中にホテルがあるんだから、せめて玄関まで車の往復をしてくれればいいのに。

夜にメタハラに戻り、ぐだぐだと先輩隊員と話して夜更かしした。


1/26(Tue.)
午前中試験監督をして、午後から先輩隊員のKさんが遊びに来る。
どうでもいい話だが、訓練所に入る前に一度、その人と飲んでいるので、エチオピア隊員の中で一番 長い付き合いなのである。
とはいっても、任地が余りに離れすぎているのでエチオピア来てから全く疎遠だけど。

とりあえず、メタハラ中を散歩した。
こんだけ歩き回るのも珍しいな。
夕方は夕陽を期待してみたが、あまり綺麗ではなかった。
それでも日本の数倍以上は綺麗だった。

たぶん、日本ではここを上回る夕陽を見られる回数は極めて少ないだろう。


1/25(Mon.)
朝はひたすら採点。
午後は試験監督。
結局、夜も採点してた気がする。


1/24(Sun.)
朝起きて、ボルダリングをしに行く予定だったが、起きた時間が遅かったので断念。
そしたら同期体育隊員に「マダガスカルの国技スポーツやりましょう」と誘われて、 鬼ごっこみたいな国技をやらされた。
楽しかったけどね。

午後からメタハラに戻り、採点の続きなど。
疲れるわ。


1/23(Sat.)
朝からアジスに上がって、所用をこなす。

夜は来週帰国するボランティア調整員と健康管理員の見送りパーティ。
なんだかんだ、お世話になったので挨拶はしとかないとね。

主役の方々が帰った後、ドミにある岩の柱で数人のボランティアとボルダリングした。
酒に酔ってたので疲れた。

ということで、寝たのは午前一時。


1/22(Fri.)
今日は数学の期末試験。

試験のくせに、試験監督に任命されている教師が来ないなど、もうグダグダ。
その中の一人は「試験委員」でもあるのに、もう何を考えているのやら。

とりあえず数学のテストは、それほど問題なく終了。
夜採点してたら、まぁ予想通り。
相変わらず15-2×3が解けない生徒たちだが。
何回説明しても、絶対に解けないんだよなぁ・・・・・。


1/21(Thu.)
今日から期末試験。

エチオピアでは「試験=いかにカンニングをするか」という構図が成り立っており、 どちらかというと「カンニングの試験」といった方がしっくりくるが、

今年度は去年よりましなようだ。

まぁ、横目で見て書き写すレベルはかなりの生徒がやっているが(そして、今日は校長や他の教師から 横目で書き写すカンニングは黙認しなさい、と言われた)、おおがかりなカンニングは少なかった。

とはいえ、結局、八割くらいの生徒は何の勉強もせずに試験に挑むので解けない。
ほんと、時間の無駄遣い。


夜、飯を食べようと外に出たら、大家の奥さんの同僚に捕まってぺちゃくちゃと。
めちゃくちゃ早口で「間違った英語」を話すので、聞くのが面倒くさい面倒くさい。
適当に相槌を打っておいたが、まぁ、こういうのも気分転換にはなる。


1/20(Wed.)
今朝はティムカットの翌日(ミカエルの日)なので、学校はお休みと聞かされていた。
まぁ、僕は学校にテスト問題を提出しなければならなかったので行かないといけなかったんだけど、 学校休みだし午前十時くらいに行けばいいか、と思っていた。

そしたら、同僚から電話がかかってきて「なぜ来ないんだ?」と言われる。
また自分勝手なヤツラだ、と思いながら学校に行ってみると、なんと、生徒は1/4くらいは来てるし、 先生も集合している。
そして、何人かの先生から「お前はなぜ今日、遅刻したんだ?今日は学校があるのに」と言われ
挙句の果てに、「昨日もお前の家に二回も行ったのに、お前はいなかった」とまで言われた。

なんで俺が非難されなあかんの?
お前が「学校は休み」って言ったから来なかったんでしょ?
生徒が来るって分かっていたら、これが最後の授業になる(来学期は授業を持たない)んだから 教えてあげたかったし、むしろ、怒るのは俺の方だ。
そして「昨日も・・・」って、昨日は正真正銘休日だったんだから、どこにいようと 俺の勝手でしょ。

ほんと、自分のことを棚にあげてよく言うよ、と気分がめちゃくちゃ悪くなった。

夜中までむかついてたなぁ。
僕が怒るべきところを、逆にヤツラが僕を非難してくるから、余計に腹が立つ。

街中の「チャイナ」という叫び声にすら、怒鳴り倒したいくらいむかついてしまった。


ちょっと愚痴めいてしまうが、エチオピア人について。

以前、ある研究者が世界中の国のIQを調べたらしい。
エチオピアは平均でIQが60後半。世界でも最下位だそうだ。

その研究者は「IQが低いと国家の発展度合いも低い」と主張しているらしいが、僕はもちろん、 そうは思わない。
むしろ逆だ。
IQは先進国で作られたものだから、「先進国と異なる文化の下で生まれ育てばIQは低く出てしまう (だからといって、頭が悪いとか知能障害とか、そういうわけではない)」だけのことだと思う。

しかし、そういう文化的差異を差し引いても、エチオピア人の「脳内メモリ」の少なさにはいつも驚く。
たとえば、エチオピア人と会話していると、数分の会話のうちに 会話の初めの目的を忘れてしまうことが多々ある。
初めに「これを決めよう」と言っているのに、三分たったらもうそのことを忘れてしまい、 結局、何も決まらずに会話が終わってしまう。
それどころか、相手が数分前に言ったことを僕が繰り返したら「俺、そんなこと、言ったっけ?」という 人すらたくさんいる。

(ちなみに、だから数学で「計算」以上のことは出来ないんだよね。代入するのが彼らにとってとても難しい。 x=2、y=2x+1、じゃ3y+1は?ってきいたら、絶対に答えられない。解くのに2ステップ必要だから。)

全てがそんな感じだから、すごく疲れる。
「いやいや、それ、一分前に説明したでしょ?」ということを会話の中で何度も繰り返さなければならないので ある。

そんなエチオピアだから、今日僕が体験したようなことは、頻繁に起こる。
結局、ヤツラは「先週、今日は学校が休みだと僕に言ったという事実」を覚えていない。

(厳密に言うと、覚えていないわけではない。思い出そうとしないだけで、僕が「先週そう言ってたよね?」 と言うと、「あぁ、そういえば言ったなぁ」と思い出すのである)

そんなだから、相手が謝るべきポイントでも、堂々と僕のことを非難してくるのである。
だって、「謝るべき理由」を思い出さないんだもんね。

それが、「臭いものには蓋をしろ」というエチオピアの文化のせいなのか、それとも、脳内メモリの 不足によるものなのか、どちらかは分からない。
しかし、なんにしろ、日本人にとってみては、とっても腹が立つ点は多い。

それを我慢して呑み込んで、「そうだね、僕が悪かったよ。ごめんね」と言わないと、何も進まない。
ほんと、たまに「こいつら、幼稚園児より手が焼ける」って思ってしまうのも、そういう理由である。


1/19(Tue.)
ティムカット当日。

午前五時半から川に行って、そこで夜を過ごした人たちとお祈り。
その後、夜明けを待って洗礼の儀式。
といっても、水をぶっかけまくるだけ。

去年も書いたと思うけど、なんとなくドント焼きを思い出させる。

一緒に行った大家が「新しいクリスチャンだ」と僕を紹介したので、頭から 聖水という名の真茶色の水をドバドバかけられた。

そして、一旦家に戻って、午前九時から隣町の教会に出向いて、そこでお祝い。
クリスチャンの生徒とかもいっぱい来ていて、宗教の話をいろいろと聞かれた。
昨年日本の宗教事情を説明した生徒が、僕の代わりにいろいろと応えてくれていた。
覚えていてくれるもんなんだな、と少し嬉しかった。

僕がやってることも、少しは後に残るんだろうか?

そして今日最大の質問は「じゃあ、日本人は何を持って宗教って言うんだい?」
とっさには答えられなかった。

「じゃあ、君は?」と切り返すのは簡単だけど、質問の最も重要な点は「日本人が」である。
僕は、まぁ信心深くない人間だが、僕にとって「どんなもの」なら宗教と呼べるのだろうか?
それは今の僕には分からなくて、でも、知りたい、感じたいと思っている問いである。

ということで、その教会でのお祝いも楽しく終わった・・・・午後二時くらいに。

そこからが長かった。
一緒に行った大家が近くの店で酒を飲んだり、教会に戻ってまたご飯を食べさせられたり、 延々と宗教の説教を言うのを待ったり、説教がようやく終わったと思ったら、 「帰る前にもう一度食べるのが礼儀」とか言ってまた食べさせられたり。
いやぁ、食べすぎ、飲みすぎ。

結局、午前九時過ぎから午後六時まで飲み食いしてた。
これは宗教じゃねぇべ。

帰ったら頭が痛かったので、すぐに寝てしまった。


1/18(Mon.)
今日は教師のトレーニングがあるので学校が休み。
どうせトレーニングって言っても、喋りたいやつが喋るだけなんだろうけど。

午後から「ティムカット」と呼ばれるお祭りが始まる。
簡単に言えば、モーゼの十戒が書かれた木版を教会から近くの川に持って行き、 洗礼させる儀式。

今日は教会から川まで行進。
僕は途中までついて行って、学校付近で離脱。
学校に教師が集まっていたので何事?と思って寄ってみたら、テストの印刷を行なっていた。


1/17(Sun.)
ロック・クライミング in Ethiopia二日目。

今日は朝からがんがん登る。

まずはガバから右手カチを取りにいって、痛い左カチを経由して デッドでガバを取りにいく課題を初登。見栄えする5Q
次は同じガバからスタートして左足で耐えて左カチを取りにいって、 痛いカチを右でとってガバへデッド。思ったより簡単だった5Q
岩を移動して、5Q〜6Qのスラブを5本。スラブは怖いよ。

昼飯を挟んで、登れそうな岩を検索。
下地整備したら登れそうな岩はいっぱいあるんだけどなー。
途中の岩で、5Q〜6Qの課題をいくつか登って。

初めの岩に戻ってきて、狙っていたラインに打ち込む。
岩の先端を右手と左手で挟み込み、右手を小さいホールドにデッドで飛ばす課題。
小さいホールドが小さい!
そして痛い!

二人で二十回以上トライしたが、結局止まらず。
足を変えてヒールフックにしたら、一回止まったんだけど手が持たずにはがれてしまった。
4Qくらいだろうな。
今度きたときに落とそう。

その他、僕は登っていないけど、一緒に来たやつがヒールフックから始まる課題を 登ってた。見栄えするな。

そんな感じで一日が終了。
登った課題は全部5Qくらいだけど、久しぶりに岩を触るのと、自分でルートを考えるってので とても満足した。

ちなみに、近くを通りかかったエチオピア人も興味津々で「これはスポーツか?」とかいろいろ きいてきた。
中にはトライするエチオピア人もいたけど、靴もないし全然だめ。
そりゃそうだ。

そして、痛い体を引き摺ってメタハラに戻って、ドロのように眠った。
疲れたけど楽しかったー。
また行こうっと。


1/16(Sat.)
午前中はだらだらと家事をこなして、午後から二時間ほど離れたナザレットという街に 出向く。

そう、何を隠そう、ナザレットにはボルダリングエリアがあるのだ!
ということで、今日と明日は
ロック・クライミング in Ethiopia なのです。

もちろん、エチオピアにはクライミングという文化はない。
し、エチオピア在住の外人も、あんまりやってないと思う。
ナザレット付近のエリアも、たまたま僕が見つけたものだ。

ということは、登り放題、初登し放題という、夢のような状況。
ま、二年近くも登ってないから、既に僕は単なる人ですけども。

ということで、協力隊員でクライミングをする人と合流して、今日は下見クライミング。
目星をつけていた岩群が思った以上に大きかったため、ボルダリングというよりむしろ リード??みたいに感じつつ、登れそうな岩を登った。

いやぁ、岩が硬くてびびるわー、指が裂けたり、指皮が一気になくなったり。

まぁ繰り返すように、今の僕は単なる人ですから。

それでも、ロケーションは美しく気持ちいい。
ハイエナが眼前を走っていったり、ウサギさんがちょこまかしてたり、ヒヒが家族でのんびり していたり、ハリネズミのハリが落ちてたりと、いいですね。
え?ハイエナはよくないって?

気にしない気にしない。

今日は二つ、五級くらいの課題を登って終了。
明日が本番。

どきどきわくわくしながら、就寝。
・・・したはずが、数十匹の蚊の猛攻にあって眠れなかったのはここだけの話。
朝起きて手をみたら、左手の甲だけで23箇所刺されてた・・・ありえん・・・。


1/15(Fri.)
今日は恒例の「教師ミーティング」のために学校はお休み。

ということで、朝からダラダラと成績付けのお仕事。
成績付けをサボっていたのと、ホントにダラダラやったので、気付いたら夜になってしまった。
でも、無事、晩飯前には全て終了。
あとは試験の点数を足して、終わりだー。


1/14(Thu.)
明日は学校がミーティングでお休み。
来週火曜水曜と大きなお祭りなので、月曜もおそらく生徒はあんまり来ない。

ということで、本格的な授業は今日が最後。
来学期は授業を受け持たないので、僕の人生の中で本格的に授業を持つのも今日が最後。

折角なので、ちょっと難し目の問題を用意して説明した。
クラスの半分近くの生徒には頷いてもらえた。

帰り道で、僕の学校の理想的な先生の一人と話をした。
嬉しかった言葉はやはり、
「今の若い先生は、生徒が言うことをきかないとすぐに殴ったり生徒のせいにしたりする。」
「教師たるもの、生徒が言うことをきかなくても我慢しなければならないし、そういう 生徒を変えていかないといけない」
「教師はずっと続けていきたい。この職業が好きだ。」
という言葉だ。

そういう教師がいる限り、エチオピアの教育も捨てたもんじゃないなぁ、と素直に思ってしまう。
僕が言うセリフではないが、エチオピアの若い先生は酷いんです。
教育者じゃないもんね。


1/13(Wed.)
ところで昨日の話題だが、鉄釘をかますと、裁縫針程度なら6Vの電流で持ち上がった。
鉄の透磁率、恐るべし。
エナメル線があればもっと少ない電流で持ち上がるんだろうけどな。

安易に出来ない、と言ってしまったことに反省。


昼からは教えて教えて。
もう全然だめ。

ここに来て反面教師的に学んだことは、やはり基礎が大切だということ。
それは、僕の人生にも反映されるべき教訓である。
人は計算機ではない。
はずだ。
量子計算機くらいではあるかもしれないけど。

最近、同僚教師の中で一人、ビデオやカメラに凝って僕の機器を使って編集まで 僕にさせようとするやつがいて、面倒くさい。
こうやって「モノに依存する現地人」が出来ていくのかと思うと、哀しくなった。
だって、「学校の質の向上を記録するため」とか言ってビデオを借りていくくせに、 そいつが教える予定だったクラブ活動はキャンセルするわ、 授業準備はろくにしないわ、 授業でやると言っていた実験もやらないわ、 で、何やってんのって話だ。

エチオピア人の中でも、教師に向いている向いていないは必ずある。
そして、残念ながらそいつは、致命的に向いていないと思う。
生徒が「○○(そいつの名前)が最悪の教師だった」と評していたのも、今なら分かる気がする。


1/12(Tue.)
朝一でヤギさんの解体ショウを見学。
ホテルの裏が家なので、三日に一回は解体ショウが行なわれてるんですけどね。

見事なまでの手際のよさ。
大体手順は分かったので、これで僕にも解体できそうだ。
・・・・たぶん機会はないけど。

目玉をもらって、サイエンスクラブで目玉の解剖。
嫌がる生徒が多いかな?と思いきや、みんな興味津々だった。
盲点の話や視力の話もかなり受けた。

物理系の僕としては生物実験がどれくらいうまく出来るか不安だったが、逆に 分かっていない分、自分も楽しめたかもしれない。


昼間、物理のあまり人の話をきかない先生から「コイルに電流を流して電磁石をつくり、釘を持ち上げたい。 一緒に実験しよう」とか言い出した。
電磁石で釘を持ち上げるって、相当巻かないとダメじゃないかなぁ?
以前、試したときは持ち上げるまでは到底できなかった。
「変わりにコンパスを使ったら?」って言ったら、「それも手だけど、釘を持ち上げられるって生徒に 言ったから、釘を持ち上げたいんだ」っていう、もうダメ教師丸出しの発言。
確かめてから言え。

巻き数を増やす以外に電流を増すという手もあるが、豆電球すらないメタハラでは(もちろん懐中電灯からパクれるが) 電流をうまく調節するのが大変。
その教師は12Vの電池を伝導率の高い導線で作った多重コイルに繋げれば出来る、とかたくなに (しかし根拠なしに)主張していたが、それだと熱くて危険だと思う。

というか、たぶん、はずみだと思うが「去年やった」って言ってた。
いやいや、あんた、僕はその方法で出来ると思わないし、もし去年やったなら、そもそも 今年、僕に相談する意味ないじゃんって思った。
が、説明しようとしても、絶対に人の話をきかないので、もうめんど。

そんなこんなで過ぎ行く一日。
来週が期末試験だ、という教師もいれば、再来週が期末試験だ、という教師もいて、 もうはちゃめちゃ。
こいつらいったい、何を考えてるんだろう?とやっぱり毎日感じてしまう。


1/11(Mon.)
学校に行ったら「金曜は学校ないよ」「来週月曜も、生徒は来ないだろうね」の 衝撃的な二言。
うぅむ、今学期教えるべき内容を教え終わることが出来るのだろうか??

学校が終了してから、地獄のミーティングが二時間。
あほらしいけど、まぁ日本も人のことをあんまり言えないので気にしないことにした。

帰ってからフルパワーで仕事して、なんとか明日までの目処は立った。


1/10(Sun.)
日曜であるが、ゆっくりと仕事するだけの一日。

夜、彼女とチャットした。
このままゴールしますかねって思った。
いやいや、前から思ってたんですが、より一層。

仮に僕が結婚するとして、そしたら、今までの独り善がりなこの生き方は少しは変わるのであろうか?
変わってくれないと困る。
でも、実際にやってみないとなんともいえないけど。

同時に、変わらない部分もないと困る。
つまり、僕はやっぱりストイックな部分を残しておくべきであって、特に物理に関しては それが必須である。
二年間もの遠回りをした結果、歯が立たなくて消えていっては申し訳も立たないので、 この二年間が遠回りの結果が何かに結びつくように、ストイックに頑張ります。


1/9(Sat.)
今日は二時間ほど離れた町へボルダリングの下見に行く予定だったが、友達が 体調不良だったのでキャンセル。
もちろん、エチオピアでボルダリングなんてやっている人はいないので、 僕が勝手に見つけた岩を勝手に登るだけですが。

その代わりに、極秘プロジェクトを拡大して終了させた。
パソコンせみ中毒者の僕だが、もうしばらくパソコン見たくないわー。
疲れたけど、いいものが出来たと思う。


1/8(Fri.)
金曜日。
休日明けなのに、半分近くも生徒が来てびっくり。
適当に教えて帰ってきた。

気分がすでにエチオピアから離れているのを感じる。
その一因がザンビアにあることは間違いない。

晩飯を食べてビールを飲みながら、この先数年の道筋を 考えていた。

極秘プロジェクト終了。


1/7(Thu.)
エチオピアン・クリスマス。
朝っぱらからオーストラリア人のマットが窓を叩いて僕をたたき起こす。
何事かと思えば、「これから南の方に仕事で行くけど、一緒に行かない?」だって。
いやいや、明日は授業がありますから。
まぁ、「ある」とは言ってもないんだろうけど、一応、学校には行きます。

昼は大家から招待。
腹いっぱい食べて飲んだ。
こっちの招待の仕組みも大体分かってきた気がする。
「おかわり」をしないのは失礼。
でも、一回か二回おかわりすれば、あとは自由。
ということは、そこを計算にいれて初めに食べ物と飲み物を頼むのが正しい方法なのである。

その後、報告書とか理数科教師の仕事が溜まっているにもかかわらず、 極秘プロジェクト(というほど大したものでは全くない)を進める。
明日の夜までに仕上げたいなぁ・・・。


ところで、僕にとって2009年はなんだったんだろう?

色んなことをやったと思う。
特にJAPAN Festival 2009は何だかんだ言って最後の方は取り掛かりっきりだったし。
親父もエチオピアに来た。
友達も来たし、エチオピアを題材にした教材を作りたいという方の案内もした。
夏は忙しかった、文句なしに。

そして、その余韻を引き摺ったまま、新学期が始まった。
初めから疲れはピークに達していたし、そんな中で一日五コマとか教え続けて、更に 理数科クラブやワークショップも開催したから、毎日がピリピリしていたように思う。

気づいたら、年末だ。

おそらく、2009年の成果の数は軽く自慢できるくらいだろう。
協力隊員なのに日本の会社員の八掛けくらいで働いた時期もある。
理数科教師の長として、全体をうまくまとめられたとも思う。

でも、そこで僕は何を得て、何を失ったのか?

親父や色んな人に言われたが、多少、人間として大きくなれたとは思う。
それと同時に、頭が冴えなくなったとも感じる。

以前はすぐに暗算出来ていた二桁の掛け算が遅くなった。
以前は見えていた証明の道筋が、暗くなった。

頭が冴えなくなったのは、きっとストレスの影響もあるのだろう。
特に年末は「俺、こんなに頭が悪くなっちゃった?」と一人で不安だったが、ザンビアに行って 戻ってきたら頭がさっぱりした。
ストレスって恐ろしいなぁって思う。

そして、ストレスが消えたことで、少しだけ将来への光も見えてきた。

僕の基本的な能力は、年齢的に言ってもこれからは衰えていく一方だろう。
まさか、この年齢から僕の演算能力が上がることはあるまい。
でも、そんな衰えの中で生き残るために、僕は何をどう伸ばしていけばいいのか、それが少し 見えてきている気がする。
がむしゃらにやって成果を挙げられる時期は、僕の中で過ぎ去ろうとしている。
でも、2009年に学んだ「そこ」をうまく伸ばしていければ、2009年だって将来に活かせるはずだ。

もちろん、気持ち的には、これからもずっとがむしゃらにやっていくつもりだけれど、 これからは、「がむしゃら」に加えて「そこ」も付加していく。
そしたら、大学に戻っても多少は通用するんじゃないのかな?

今は、歳を取るのも悪くない、と思えている。
演算能力や筋力が衰えていくのも悪くない、と素直に思える。
その代わりに、道筋を見る力が鍛えられていると実感できるから。

二十代前半は衰えがイヤだったが、2009年度、僕は確かに少しだけ成長した。

ま、もちろん、衰えをみすみす見過ごせるほど、僕はまだ悟っていませんが。
悪あがきも、もちろんします。
これまでの自分と、2009年の自分を、うまく合わせて生きていきます。

最後にもう一つ、2009年、僕はもう一人じゃないって思えるようになった。
これは、僕の人生の中では大きい。
自分を愛してくれている人がいれば、こんな自分でも少しは認めてあげられるようになる。
そんな当たり前のことが少し分かった一年でもあった。
ありがたい。

そんな一年。
ぱっと見ると何もなかったようにみえる2009年だが、ちょっとは僕を成長させてくれたのかな?


1/6(Wed.)
今日学校に行けば、明日はエチオピア暦のクリスマスなのでお休み。
というか、正教会系は明日がクリスマスだそうだ。

校長の異動のための評価が現在行なわれているらしく、校長などがどたばた。
なんで学期末のこんな時期に行なうんだろう?意味が分からない。

夕方、一時間ほど散歩して戻ってきたら30kmほど離れた国立公園内で仕事をしている オーストラリア人のマットがやってきていた。
ので、一緒に食べて飲んで。
自分の英語の出来なさ(より正確に言えばオーストラリア英語の出来なさ)に嫌気が さした。

明日が休みということで、夜ものんびり過ごした。
まだザンビアの余韻が残っていることは疑いようがない。
日本に帰ったら、こういう夜を一人ではなく二人で過ごせたらいいと思う。


1/5(Tue.)
やっぱりpermutationの授業はうまくいかない。

という愚痴はさておき、朝、家の前でヤギさんが解体されていたので(目の前が ホテルなので二日に一回くらいは解体されている)、目玉をもらって 解剖を次回のサイエンスクラブでやろうと思った。
で、学校に持ってったら、生物の先生が今日から目の授業を始めるとのこと。
ということで、急遽、目玉提供。
偶然とはおそろしい。

また、近くの湖のpHをリトマスペーパーで調べたら、化学の先生が興奮しまくってた。
いやいや、リトマスペーパー浸けただけやん。
そんなことでそんなに驚かないで。
ちなみにpH9くらいです。

昼からは結構働いたと思うのだが、報告書とか打ってたから明日の授業準備が・・・。
今から頑張ります。


1/4(Mon.)
ところで遅くなったけれど、明けましておめでとうございます。
今年はどんな年になるか自分でも分からないけど、どうぞよろしくお願いします。

ザンビアでたくさんストレスが発散できたようで、絶好調。
仕事のペースが上がらないあたりも絶好調。
仕事ばっかりしてちゃいかんけど、ストレスが溜まれば溜まるほど、なぜか仕事しちゃう んだよね。
それじゃだめって思えるくらいには回復した。

「仕事」じゃなくて「自分のこと」をちゃんとやらないと。
仕事に捕らわれたら大変。自分は自分。


1/3(Sun.)
昼頃からメタハラに戻る。
メタハラはやっぱり気持ちいい。

しかし、もう終わりなんだなぁ、という気持ちはいつまでたっても消えない。
僕にとってはそろそろ協力隊の潮時だとは感じるが、しかし、寂寥感は感じずには いられない。
とにかく、あと三ヶ月はのらりくらりと頑張るのみだ。
やりたいこと、やるべきことは全てやります。

メタハラに戻ると、色んな人が「よく帰ってきたな」と出迎えてくれる。
日本だとこうはいかない。
家族や親戚は出迎えてくれるが、わざわざ道で歩いているところを呼び止められて 「よく帰ってきた」と言われることはあんまりないだろう。
ザンビアもよかったが、メタハラが今の僕のホームタウンだ。


12/28(Mon.)~1/2(Sat.)までのまとめ
ザンビア旅行に行ってきた。
首都とリビングストンというリゾートの二つしか行っていないが、発展途上国とは思えない インフラ。
もちろん、アフリカではインフラは植民地時代の宗主国が作るものだから、インフラがすごいからと いって、その国が栄えているという訳ではない。
でも、それを差し引いても巨大ショッピングモールがいっぱいあったりしてびっくりしたなぁ。
ここだとアフリカにいるということを完全に忘れられる。

以下、やったこと箇条書き。
  • 12/28(Mon.)
    • インジェラを同期隊員にふるまった。味付けとかも工夫したからそれ程不評ではなかったが 一人は食べられなかった。とりあえず、インジェラの何たるかは分かってもらえたと思う。
  • 12/29(Tue.)
    • ビクトリアの滝は結構すごい。横幅が尋常ではないし、迫力は桁違い。 ただし、僕は那智の滝の方が好きかも。
    • 写真好きなら分かると思うが、滝の写真を撮るのはとても難しい。今回も「これは!」という 写真は撮れなかった。
    • ザンビアにはきちんと管理飼育されたZAMBEEFなる牛肉がある。めちゃくちゃうまい。 でも、もちろん日本の肉にはかなわないけど。まぁ、でも日本で売られていたら買っていいレベルだった。 それは即ちアフリカでは激ウマ、ということだ。
  • 12/30(Wed.)
    • ザンビアの田舎の方まで少し足を伸ばした。ザンベジ川が雄大で 悠久の流れを作り出していた。でも、ザンビアは田舎でも小奇麗だ。
  • 12/31(Thu.)午前
    • ラフティングをやった。たぶん、普通は初心者ではチャレンジできないグレードのラフティング。 ゴムボートごとひっくり返ったり、あまりの波に振り落とされたりとなかなかの体験。 一度は「最後、どうしようもなくなったらこの体勢ね」と言われていた体勢で数十mくらいは流された。
    • しかし、実はラフティングのボート上では僕の他のグループの人間関係がひっくり返っていたので ある。ギリシャvsザンビア在住インド人?家族みたいな。ということで、半分もいかない間に ギリシャ人がリタイア。その後はインド人?娘たちの愚痴合戦であった。ピーチクパーチクうるせー。
    • そもそも思うのだが、インストラクター付のアウトドアというのは「ジェットコースターよりも もう少しだけ刺激が欲しいけど、危ないことはしたくない」という人のためのアトラクションである。 従って、そんな怒らなくたって騒がなくたってインストラクターの言うとおりに適当にやりゃいいんだって。 そんなに変な方向に興奮するな。
    • などということを半ネイティブの人たちに英語で諭す根性はないので、黙っていた。なぜ僕が 行く先々には喧嘩が待ち受けているのだろう?と思ってしまったが、今回は完全に偶然。
    • ラフティングはとても面白かったが、やっぱりアウトドアは自分自身の責任で自分自身の能力で 勝負しないと本当の面白みは感じられない。インストなんかがいたら、所詮は遊び。ま、ラフティングは 遊びでいいですが。
    • 世界で二番目の落差を誇るバンジージャンプもやる予定だったが、時間が合わずに出来なかった。 ただし、100m程度の落差だったら、特にびびることもなく飛べそうなので、時間が合っていても やっていたかどうかはわからない(一回100ドルするし)。上に立ってビビったらやっていただろう。
  • 12/31(Thu.)午後
    • 大晦日の夕方、船の上でサンセットクルーズを行なった。つまり船上パーティー。今回は 同期七人もいたので、楽しく飲み食いした。
    • 船上ではザンビア人が一生懸命働き、飲み食いして騒ぐのは白人と僕たちだけ。そんな風景は とても好きになれない。もちろん、自分も楽しんでいるのだから何にもいえないんだけど、 「所詮人間なんて」っていう感情を感じずにはいられない。虚しい。
    • という話をしたら、同期から上記の考え方は「逆差別」と言われた。それはそれで正しいし 一つの意見だ。ザンビア人だって「仕事」として働いているわけだし、白人や僕たちは適正価格を 払って飲み食いしている。それは「経済社会」のあるべき姿であり、問題はない。
    • でも、根本的な雇用機会に不平等がある場合、自由経済的な発想をするのはどうかとも、僕は 思う。
    • そもそも「国際協力」自体が根本的には「逆差別」に極めて近いのでは?
    • ぶっちゃけよく分からない。でも、もともと人が人に仕えるのが好きではない僕は、 「不平等な機会」が見え隠れする状況での労働を見ると、なんだか虚しくなるのである。 甘ったれた意見、理想主義であることは理解している。
    • 年越しの瞬間は寝ていた。連れもラフティングの疲れで気持ちよさそうに寝ていたので、 ま、俺も寝ようっと、と思ったわけだ。除夜の鐘もきけないしね。
  • 1/1(Fri.)
    • バスでザンビアの首都のルサカに戻る。元旦だから、ルサカの店は結構閉まってた。
    • 夜はしゃぶしゃぶ食べ放題の店へ。うまかった、と感動するほどではないが、とっても満足した。
  • 1/2(Sat.)
    • 午前中、布を見たりマーケットを見たり。タンザニアからきた布がタンザニアより安く 売っているという、ありえないことが起こっているようだ。なぜ?
    • たぶん、人生で最後になるかもしれない「シマ(いわゆるウガリ)」を食べた。 僕は好き。てか、ザンビアにいたら僕は太るだろうなぁ。
    • そして、午後、エチオピアに戻る。
    • 今回は「あぁ、そろそろ僕の人生の中でアフリカも 終わりなんだ」という気持ちで胸が詰まった。エチオピアにはまだ何度か来るだろう。タンザニアにも 行くとは思う。マダガスカルとナミビアには行ってみたい。でも、ザンビアはもう来ない気がする。 人生は長いらしいし、それに声高に異論を唱えはしないが、突き詰めたいことが一つでもあれば人生は 短く、やりたいことが二つもあれば人生は退屈できない。人生は短い。


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