E veryday- D iary

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2/28
朝から同僚たちと「ソドレ」という温泉地に「一学期お疲れ様でした慰安旅行」。
分かりきったことだが、「午前六時集合」と言われて午前六時に来たのは僕だけ。
十分後に幹事の一人がやってきて、二十分後に二人目がやってきて・・・最終的に全員は集まらなかったので七時半頃にわざわざ彼らの家を訪れる。
出発は午前八時。

とりあえずバスを借り切って、ソドレまで一直線。
ソドレでは温水シャワー(もちろん天然)を浴び、プールで泳ぎ、持ってきたランチを食べ、楽しんだ。
エチオピアではこういう慰安旅行はポピュラーではなく、今回、初の企画らしい。
基本的にみんないい人たちだし、一緒にいて気兼ねもないので、いい学校に配属したなぁ、と感じた。

最後に「次学期以降も続けていこう」という話になった。
今度は「アワサだ!」と息巻いていたが、金、足りるのかな?

夜は夢の中。


2/27
なんだかメール処理に忙殺された感がある一日。
普通の効率で仕事していたのに、気付いたらメール処理とちょっとの仕事しか終わっていない。
やっぱり回線速度が遅いのが一番の問題。

夜は論文でも読み読み。
明日から同僚たちと慰安旅行に出かける。


2/26
ということで休日。
授業の予習に励む。

学振のことを考えていると、なんだか気分一新、という感じだ。
そろそろ帰国後を真剣に見据えて行動しないと。

夕方、JICAの指示で雇っていた警備員の一人が、突然辞める、といい始めた。
もちろん、契約書には「辞める場合は一ヶ月前に言う事」と書いてある。
この警備員に僕の家のオーナーであるベケレが激怒。
ベケレ夫妻で警備員に説教していた。

結局、市役所(みたいなところ)に行って次の警備員が来るまで辞めない、という仲裁がなされたが、僕のためにそこまで怒ってくれるオーナーは 本当にいいオーナーだ。
「エチオピアでは俺が父親だ。何かあったら俺がお前を守ってやる」って言ってくれるのは、ありがたいよね。

ちなみにエチオピアでは、人間関係や契約関係での揉め事がものすごく多いところです。
みんな、感覚が「日雇い」だからね。
でも、僕は大丈夫だろうな、ベケレがいるし。


2/25
今日から「Teachers' training」という意味の分からないプログラムが始まるので休校。
日本という、まぁ大雑把に言って「弱者が守られる社会(アフリカに比べて、という意味だが)」にいるとなかなか気付かないが、 やはり、生徒や女性がないがしろにされている感が否めないここでは「権利」という概念の必要性が強く感じられてしまう。
「押し付けられた民主主義」とはよく言った言葉だが、確かに「日本」という社会では、システムの一つ一つの意義を心の底から体感することは難しいのかもしれない。

ついでに、権力(地位や年齢、性別など)を誇示することで解決しようとする風景を常日頃から見ていると、やはり、僕は「実力主義」が性に合ってるんだなぁ、と も感じられる。
そう感じてしまったからには、やっぱり僕は実力で負けないように努力すべきなのである。

という、何の関係もない話になってしまったが、昨日、生徒に「お前はTeachers' trainingに行くのか?行かないのなら授業をやってくれないか?」と頼まれたので、 午前中は補講。
National Examもあと三ヵ月後に迫ってきたので、生徒の目の色も心なしか、違う気が・・。
三角関数をやっているが、何人かの生徒はちゃんと理解してくれた気がする。
ちなみに、垂線を下ろせなかったり、比の概念が全く分かっていないのは、明らかに初等教育が失敗している証拠だ。

昼からは、昨日のJSPSの件を調べてみる。
回答ありがとう、kmdクン。親からも来てて、みなさん、どうも、な感じである。

さて、おそらく休学中にDC1に申し込むのも問題はないようだが、(予期していた事だが)問題は「三月のIDおよびパスワードを受け取れない」「十二月の面接を受けられない」ということだ。
前者は大学側との問題であり、後者は学術振興会との問題。

後者は「面接免除レベルで合格する」しかない訳だが、前者は大学側に頼むしかない・・・・ということは、やはり、ここは手始めに(?)大学の担当者に問い合わせるのが よかろう、という気がしてきた。
というか、そうに違いない、JSPSのHP見ても、なんだか個人的な接触はよろしくないようだし。
まずは大学、それでだめならJSPSにダイレクト、ですな。

しっかし、DC1に通る可能性なんて蟻のウンチほどもないんだろうなぁ・・・。
あ、でも、論文もパブリッシュされることが決定しているし、ちょっとは可能性ある?
だって、DC1だったら、今のM1と争うわけでしょ?この時期に論文出てる人ってあんまりいないよね、一応PRAだし。国際学会での口頭発表とポスター発表も一件ずつあるし。
業績だけみれば、てかずるいよね、俺、一年分、他の人より得してる訳だし(笑)

ま、そんな世迷言はおいといて、期待するだけ無駄ですな、ほぼ間違いなく・・・。
協力隊の経験なんて、研究者にとっては、ぶっちゃけ蟻のウンチどころか、象の糞レベルでマイナスだもんな。
まぁ、やるだけやってみよう。


2/24
たまたま、なのだが、ちょっとだけ僕の授業が進化したかもしれない、とおもった。
ここに来てから半年以上で既に十人以上の日本人に授業を見学してもらったが、大体共通して言われることは
・エネルギッシュ
・生徒とのコミュニケーションがうまい
だ。
特に二つ目のポイントを伸ばせるかもしれない、という可能性を感じた。
可能性を感じる瞬間は、いつだって嬉しい。

あ、緊急募集、てか、特に鎌田あたりに向けての私信でもあるんだけど、

D1の学振って休学中でも申し込めるんでしょうか?
俺は今、休学中で、来年4月からD1に復帰するので、D1の学振に今年申し込もうかな?なんて都合のいいことを考えているわけで。
可能でしょうかね?

という質問に誰か答えてくれればありがたいが、それはあまりに虫が良すぎるので、お願いというのは、
JSPS(?)学振の問い合わせメールアドレスを教えてください!!!
ということですね、えぇ。
だって、ここじゃ回線が細すぎて検索する気になれない・・・・。
ということでよろしくです。
鎌田、芝以外からのメールも大募集。

メールアドレスは
nakatakanに@っていうものとgmail.comをくっつければ完成です。
ということで、頼んだぞ!みんな!!
(これで情報ゼロだと寂しいなぁ・・・)


2/23
今週は午後に授業。
暑くて大変。
生徒もだれだれで大変。

なんだか体調を崩し気味なようで、異様に眠たい。

ところで、今週の水曜から六連休になることが判明した。
水・木・金はティーチャーズトレーニングらしい。
だからさぁ、学期が始まってからそういうのやるの、やめようや。
今学期は実質八週間しかないから、授業時間の一割が奪われると大変。
ほんと、今学期は常に時間不足で胃が痛みそうだ・・・。


2/22
メタハラに来ていた隊員を見送りに近隣都市のナザレットまで。
昼飯を食べてカフェして帰ってきた。

さて、明日から数ヶ月はまた一人、(って、でも何回かは首都に上がるんだけど。)活動と物理、がんばるぞー。
まずは来週、リズムを作らないと。


2/21
朝起きて、帰宅。
帰宅してのんびりして、メタハラ探索など。

メタハラに来た隊員は大概、メタハラが好きになる。
端から端まで往復して、合計三十分ちょっと。

夜は久しぶりに飲みに飲んだ。
寝不足も手伝って、ばたんきゅー。


2/20
JICA関係者が二人来て、僕の授業と同僚の授業を見学。
「自信を持っていいよ」と言われるが、自信は持てないよなぁ、だって、生徒に伝わってないもん、生徒の英語レベルと教える量が多すぎる理由で。
同僚の先生もべた褒めされていた。
確かに僕の学校の先生の質は高い。

夕方からエビティというちょっと離れたところにある小学校を訪問。
その小学校に隣接した宿泊施設に泊まる。
ものすごくいい場所で、星空が綺麗に見えた。
流れ星も三個くらいゲット。


2/19
生徒の人数が少ない・・・。

昼飯は大家に招待された。
昼からは何したっけ?明日来るJICA関係者のためのセッティング&予習。


2/18
教師ミーティングが突如として入って、休校。
ビバ・エチオピア。

本当は参加するつもりはなかったんだけど、同僚のヨナスが「今回のは面白いはずだから、来たほうがいい」としつこく言ってくるので行ってみた。
(そう、「無理強いするつもりはないけど来た方がいいよ」「いや、でもやっぱどうせ現地語だし、行かないよ」「でも、今回のは面白いし、来るべきだよ」 「うーん、でもねぇ」「一時間でも二時間でもいいから・・・」「・・・分かった分かった、行けばいいんでしょ」っていう、日本人のような意味不明な面倒くさい会話を昨日の夜、やったのである)
案の定、言ってることは全然理解できないし、前でお偉いさんが話しているだけだし、行った意味なかった。
同僚からの話によると、政治の話って言ってた。
たまに、「アフリカ」「経済」「人的リソース」っていう言葉がそこだけ英語で聞こえてきたので、相当酷い内容だったと推察される。
そもそも、このど田舎の教師ミーティングで、アフリカレベルの話をしてどうする。

日本の地方の町役場会議で「アジアのリーダーとしての日本として、経済を引っ張っていかなければなんらない!」と力説するようなもんである。
全て夢物語、机上の空論、絵空事。
自分たちのレベルで何が出来るのか、それが大切なのに、エチオピア人の多くはそれを考える能力がない。

まぁしかし、別にそれはエチオピア人に限った事ではなく、僕を含めた日本人だってそうだと思うけど。
たとえば僕の例をとれば、そりゃ物理でやりたいことや知りたい事はいっぱいあるけど、「じゃぁ今の自分が出来る事は何か?」と問うてみると答えに窮する。

結局、万事において、自分たちの能力を含めた現状を冷静に判断してそれと釣り合った「やるべき事」を見つける能力が必要になると思うのだが、そういう能力は訓練しないと身につかないもので、 エチオピアの教育制度ではそういう訓練が出来ないのだろう。

昼からは家に帰って予習。
やはり合同と相似を三週間で教える事は不可能であり、生徒がどこで躓くかがことごとく見えてくる。
てかねぇ、英語も通じないから証明は難しすぎる・・・・。

そんなことをやっていたら、凹み始めて「そもそも生徒全員、一からやり直せ」と思えてきてしまった。
完璧主義の僕は何かにつまづくと、すぐにリセットボタンを押したくなる。
しかし、「現状の中でどうベストを尽くすか」という部分を僕はもっと学ばなければならない。
それを意識せずに出来るようになれば、また一つ成長できる。

あーあ、なんだか疲れたよ。
絶対マラリア予防薬のせいだよなぁ、この落ち込み具合は。


2/17
今日は生徒の数が増えていた。
それでも半分以下。

時間割が機能しているようで機能していないようで、実は機能しているのかもしれない微妙な感じ。
僕は全て無視して空いてるクラスに入って授業をした。

午前十時すぎにJICAの人が視察に来る。
一人は日本からのお偉いさん。
僕の授業と学校を見学して、昼飯を食べて雑談。
あんまりいい授業じゃなかったけど、「去年の教師が教えなかった三角関数のチャプターを三日でレビューする」という不可能課題に挑戦している ところなので、仕方ない。

昼はだらだらとしてしまった。
なんだかやる気が出ない。

仕事はいっぱいあるんだけど、やる気が出る仕事がない。
まぁやる気が出ようが出まいが、仕事は所詮仕事に過ぎないんだけど。
身体機能を保持する金を稼ぐために命を切り売りする作業、それが仕事。
願わくば、エチオピアでの二年間が人生最後の「仕事」になってくれればよいのだが。

自分だけでは決定できない問題だとはいえ、僕にその能力が備わっているかどうか、その努力を出来るかどうか、まずはそこからだ。


2/16
学校開始。
と言われて行ってみたものの、生徒は30人ほどしかおらず。

教えるべきかどうか悩んで、「今日教えれば明日はもっと生徒が来るよ」と言われたので教えた。
でも、新しい内容には入れないよなぁ・・・。

National Examまで時間がないのに、こんなことしてていいのだろうか・・・。


2/15
朝一でメタハラに戻る。
こんなに長期、メタハラの家を空けるのは初めてで、まぁ、ぶっちゃけ「戻りたくないなー(といってもアジスアベバはもっと嫌だ)」と 思っていたが、バスの風景がメタハラに近づくに連れて「あぁ帰ってきた」という安堵感に包まれた。
なんだかんだいって、やっぱりメタハラは僕の土地になりつつある。

戻ってきた瞬間に仕事モードに戻るのも、土地のなせる業。


ところで思うのだが、僕は万事に拘りがありすぎて拘りがない性格である。
理想を言い始めれば僕の理想は高すぎるので、妥協する術もしっかり身に付けていて、その妥協術のおかげで大概のことには適応できる。

多分、一歩離れて考えてみるとメタハラは僕にとってそれ程いい土地ではないだろう。
(エチオピアの中では相当いい線いってるけど)
それでもメタハラが心地よく感じられるのは、僕の適応力のなせる業。

エチオピアで同期隊員と話した事があるが「第一、結婚なんて誰としてもいいよね、誰でも一緒一緒」と思っていたが、 それはつまり、僕もその同期隊員も適応力or妥協術に優れているから、な気が最近してきた。
今でも僕は誰と結婚しても(結婚しなくても)うまくやっていく自信はあるけど、でも、出来ることなら「妥協術なし」の人と結婚したいものだ。

そういう彼女が出来て嬉しい。


2/14
朝、20年度3次隊の新隊員たちに「マラウイいいよ」って話をしてたら「話聞いてたら、逆にエチオピアのレベルの低さが分かってきた」って 大爆笑されてしまった。
確かに「ごみが落ちてない」とか「物乞いがほとんどいない」とか「スーパーがある」とか、持ち上げるほどのことでもない気が・・・。
ということで、必死にエチオピアがマラウイに勝っているところを発見しようと思って友達と考えた結果、
1.安全(深夜の一人歩きも可能)
2.女性が綺麗(ただし僕の好みには全く合わない)
3.ビールが美味しい(レベル高い

かの有名なコーヒーは「人の好みによる」ということになった。
だめだぁ、トータルでは全然勝ててない。
まぁ、僕はエチオピア好きだからいいけど、一般的にはマラウイの方が住みやすくて旅行もしやすくていい国です。

昼は大学の仕事をするも、なぜかPCが遅く大変。
夜は鹿島建設の方の誕生会に参加。
美味しい酒をいっぱい飲んだ。


2/13
朝、彼女がまず飛び立つ。
別れても別れた実感はまだ湧かない。
東京で別れたときは「もうしばらく会わないんだ」と、柄にもなく少し感慨に耽ったものだが、今回は「また会える」と 力強く思えた。
こうやって絆が深まっていく。

そして空港で再び五時間くらい待つ。
飛行機も見事に遅れてくれたし。
ザンビアのルサカ経由でエチオピアに帰国。

夜、ドミトリーで他の隊員と「マラウイいいよ」って話で盛り上がった。


「何もないけどいい国」

そう形容されるマラウイだけど、確かにその通り。
何もない田舎な国だった。

僕は首都とリゾートしか行っていないから、マラウイの何かを知ってるとは到底言えない。
でも、それでも思うことは
マラウイ、心休まるいい国でした。

エチオピアをインドとすれば、マラウイはネパール。
心はすごく休まるよ。


2/12
朝日を見るために早起きしたが、雲がかかっていた。
それでも早朝の湖は気持ちいい。

午前中、首都のリロングウェに戻る。
首都に着いたら、スーパーマーケット見学。
ちょー感動した。南アフリカ資本はすごい。
日本並の大型スーパーマーケットがあって、「エチオピアはマラウイには勝てない」と決定付けられた。
もちろん首都にしかないらしいけど、こんなところで生活したら、毎日料理が楽しいだろうなぁ・・・。

その後、同期(訓練所で同じ班だった同期)と合流。
これもまた、八ヶ月ぶり以上なのに、違和感なく打ち解けて話を出来た。
ローカル市場とマラウイの隊員のドミトリーを見させてもらって、何人かの協力隊員と話をして、飯を食べて、あぁ、これでマラウイ旅行も終わり。
協力隊員の雰囲気もよかった。
あ、もちろん、エチオピアも協力隊員同士の雰囲気は非常によいですが。

明日の朝に出発なので、夜は荷造り。
思い出をいっぱいかばんに詰め込んでいると、それでもまだ、実感は湧かない。


2/11
朝から雨。
と聞くと聞こえは悪いが、ここ半年近く、ちゃんとした雨を見ていなかったので、気持ちいい。

午前中は周辺をぶらぶら。
適当に見つけて入ったレストランで食べた「チキンwithココナッツソース」がバリうまだった。
もうだめだって、エチオピアの飯なんて。

午後から「クロコダイル・ファーム」と「フィッシュ・ファーム」を訪れる。
皮のために育てられている鰐を見学して、マラウイ湖でとれた熱帯魚たちの養殖場を見て、で、その後、申し訳程度に学校を見学して 地元の市場を見て、地元のビールを飲んで、上機嫌でホテルに帰った。

晩飯も美味しく食べて、気持ちよく就寝。


2/10
朝一でマラウイ湖の湖畔のサリマ、センガベイというところに移動。
公共バスで移動したが、人も全然鬱陶しくないし、ごみも全然落ちていないし、いい感じ。
エチオピアだと、押し売りに物乞いにごみだらけなんだけどな。

マラウイは広陵とした大地にメイズ畑が広がる緑の大地(雨季限定)。
とてものんびりとしていいところだ。

サリマのローカルレストランで昼飯を食べ(これがまた美味い、ってか、エチオピアがずば抜けて不味いんだろうけど)、センガベイ のリゾートホテルに移動。
マラウイ湖は海のようで、ものすごく綺麗だった。
疲れが取れるわーホントに。


2/9
朝一、マラウイの首都リロングウェに向けて飛び立つ。
数ヶ月ぶりの海外です。
って、エチオピアは海外だ、という突っ込みはなしで(笑)

午後十二時に到着。
彼女が到着するのが午後五時半なので、それまでひたすら空港で待つ。
本当は街に出る予定だったが、タクシー代が高かったので、ここはケチろうと決心したわけで。
おかげさまで持ってきた三冊の本を全部読みきってしまった。

とりあえず無事、彼女と合流。
その足でマラウイの同期隊員おすすめの宿にチェックイン。

八ヶ月ぶりに会うというのに、何の気兼ねもなしに話が弾んだ。
早くもバレンタインデーのチョコをくれたのは嬉しかったなー、貰えると思っていなかったから。


2/8
朝から来学期の予習など。
そもそも三角形の合同と相似を二週間で教えろという方が不可能だ。
何か裏技を考えないと、と思っているうちに、やる気がなくなった。


2/7
朝一の飛行機でアジス帰還。
その足で銀行に行って、エチオピアの貨幣(ブル)をドルに変えようとする。

が、外貨不足が激しいエチオピアでは、今、ブル紙幣をドルに変えれない。
はっきり言ってブルは世界でも最も価値のない貨幣で、エチオピア以外で使えないし、エチオピア以外で換金不可。
エチオピアの外ではただの紙くずでーす。
かなーりやばい状況。

初め「ブルはドルに変えられない」とかたくなに言われまくったが、一人だけ親切な職員がいて「あなたはドル口座を持っているから ドルに換金できる」と言ってくれて、一時間半かかって、ようやく500ドル手に入れる事ができた。
途中から完全にけんか腰で言いまくった甲斐があった。

午後は昨日までの疲れが溜まっていたようで、まどろんだり。
ひぃ、本当に疲れた。


2/6
セミナー実施日。

何度も繰り返すようだが、エチオピアではドタキャンが当たり前。
朝から人が集まるかドキドキして会場へ行くと、とりあえず人は集まっていた。
あとはこの人たちを楽しませて、帰らせないようにしないと。

僕の実験は午後だったが、午前中から色々と無茶振りされてほぼアドリブで発表したり、など。
こちらの先生はプライドも高いので、そのプライドを傷つけないように言い回しにも気をつけないといけない。
疲れる。
が、先生たちの表情はかなり輝いている。
これは成功か?

昼休み、これが曲者。
エチオピアでは昼飯が出ないと、教師たちは昼から来ない事が多い。
今回は予算がなく、昼飯を出さない・・・昼から先生は集まるのか?
そんな不安を抱きつつ、僕の実験の最後の詰めをしながら時が経つのを待つ・・・・。

午後の部、開始時刻三十分前・・・・帰ってきた!
続々と会場に帰ってくる教師たち。
結局、最終的には全員の教師が帰ってきた。
これは本当にすごい事、まじで、いや、これはすごいわ。

そして、午後一発目の発表が僕。
ここは受け狙いを一番初めにもって来るべきだ、と思ったので、ちょっと手品チックな導入をすることに。
そして、大気圧の実験を四つほど導入して、無事終了。

最後は調整員による生物の実験。
目玉の解剖なんて、僕も初めて。

とりあえず、細かい修正点はあるものの、参加者がみんな楽しんでいて、「日当が出ない&昼飯も出ない」という悪条件の元でこれだけ 人が興味を持って参加してくれた事に、万感の思い。
いやぁね、僕は企画人じゃなかったんだけど、企画人の隊員は本当に安心したと思うね。

飛び入りで見学していたバハルダールで働いているIT隊員も「いやぁ、これは本当に大成功ですね」だって。
よかったわ、ほんとに月曜から走り回った甲斐があった。

しっかし、逆に言えば、このレベルのセミナーをこれからも続けていかないといけないわけで、そこはガクーンと憂鬱。
言っておくが、今回参加した理数科隊員はレベルが高いのですよ。

企画人は「二年間、エチオピアで理数科隊員をして、その後、再び短期ボランティアで戻ってきた人」。
調整員は「十年くらい前にエチオピアで理数科隊員をしていて、その後、フィリピン、マラウイ、マレーシア、での協力隊経験を経てエチオピアに戻ってきた人」。
そして僕。

僕はさておき、ほら、残りの二人、経験値高っ!!!
僕は彼らに取り残されない程度のレベルを持っていると思うが、これからの新隊員は本当に大変だろうなぁ・・・。
サポートしていかないと。

夜は打ち上げ。
みんなお疲れでした。


2/5
朝五時にドミトリーを出発、バハルダールという地方都市に赴く。

明日、この町で「小学校教師対象の実験セミナー」が開かれる。
理数科隊員二人と理数科系調整員の、計三人で打ち合わせとあいさつ回りに奔走。
その後、各自、自分たちの実験のチェック。

そもそも、エチオピアでは「来ると行っていても来ない」「飽きたら帰る」「辛口批判」は日常茶飯事なので、「明日、本当に 人が集まるのか?」という不安の中で就寝。
本当に疲れていたようで、ベッドに座ったら寝てた。


2/4
午前六時に起きて一気にメタハラ行きのバスに飛び乗る。
メタハラについてイエローカードを取って飯を食べて滞在時間四十分で再びバスに飛び乗ってアジスに戻る。

結局、日帰りで九時間半かかった。
その足で銀行に行くも、すでに閉店。
JICAオフィスに戻って、実験のハンドアウトの作成。

午後七時から、大使館の人や水開発コンサルタントの人たちと夕食会。
午後十時過ぎにドミに戻って、新理数科隊員やIT隊員に手伝ってもらいながら、実験の準備。
午前二時まで頑張って、明日の出張に備えて寝る。


2/3
実験のネタ集めに奔走。

午後の「マラウイ旅行に行く際の健康管理上の注意」で、なんと、エチオピアからマラウイに行くときにはイエローカードが必要なことが判明。
エチオピアは黄熱病リスク国らしい。
そんなことを知らない僕は、見事にイエローカードをメタハラの自宅に置き忘れてきたので、明日、日帰りで取りに帰る事に。

夕方まで頑張って、なんとかネタの目処はついた。

夜は協力隊のOVが短期ボランティアでエチオピアに戻ってきたので、その歓迎会、というか、逆歓迎会?
非常に気が利く人がエチオピアから日本食持参で帰ってきたので、みんなで食い漁った。
久しぶりに日本酒と焼酎を飲んだらめちゃくちゃうまかった、し、酔った。

最後はまた新理数科隊員と。
今日は遠慮して午前二時くらい。


2/2
月曜日。
JICA事務所に行って、木曜日からの出張の件について軽く聞いてみたら、
「セミナーを参観しにいくんじゃないからね、参加だから」って言われて「君も実験を披露してね」と言われた。
無茶振りじゃーん。

あわててネタを考えたりして慌しくすぎていく一日。
怒涛の一日はこの日から始まったんだなぁ。

夜は鹿島建設の西尾さんのところにお邪魔して美味しいご飯を食べた。
帰ってきて、また新理数科隊員と話をしながら午前三時まで。
コイバナは鉄板だ。


2/1
日曜日。
何をしていたか、というと、何をしていたんだろう?
のんびりぐったりしていた気がする。


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